知っておきたいインドネシアの歴史まとめ②~広がる民族運動と青年の誓い~

社会・文化

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声をあげる者の出現

前回の記事でオランダに占領されていた時代「オランダ領東インド」について学びました。300年以上続くオランダの占領下はとても重要な歴史なので、まとめ①を見ていない方は先にこちらからどうぞ☺

オランダによる植民地は長年続き、原住民に対する経済的搾取はますます酷くなる一方。

そんな中、住民たちの窮乏化が進み、オランダは景気回復に向けた取り組みを始めます。そこで、原住民のエリートたちはオランダ語を学ぶ機会を得たり、オランダ本国への留学をしたりすることができるようになりました。

大半の住民たちは教育を受けることができませんでしたが、教育を受けたエリートたちの中から民族の独立を叫ぶ者たちが現れました。

スカルノ

みなさん、この人が誰かご存じでしょうか?

そうです!この方は、のちにインドネシアの初代大統領となりデヴィ夫人を第三夫人としたスカルノです。今のインドネシアの一番高価な紙幣、100万ルピアの肖像としても有名です。

スカルノもオランダ語を学んだあと、独立に向けて声をあげた一人でした。

1927年7月、スカルノはオランダ留学から帰国した同志たちとともに、インドネシア国民党を立ち上げます。そして反植民地運動を積極的に行いました。

スカルノはたびたび演説も行い、優れた話術で人気を博しました。

演説するスカルノ

青年の誓い

1926年、バタビアで第一回インドネシア青年会議が開かれ、

1928年には第二回インドネシア青年会議が開かれました。

青年会議では統一・教育問題について話され、のちのインドネシア国家となる”Indonesia Raya“が斉唱されました。

そして、この会議でのちの独立の指針となる重要な誓いがされます。

その独立の指針となる誓いを青年の誓いと言います。

青年の誓い≪Sumpah Pemuda≫ 原文(現代インドネシア語版)

Pertama
Kami putra dan putri Indonesia,mengaku bertumpah darah yang satu, tanah air Indonesia.
Kedoea
Kami putra dan putri Indonesia, mengaku berbangsa yang satu, bangsa Indonesia.
Ketiga
Kami putra dan putri Indonesia, menjunjung bahasa persatuan, bahasa Indonesia.

青年の誓い≪Sumpah Pemuda≫ 日本語訳

第一
我々インドネシア青年男女は、インドネシアという一つの祖国をもつことを確認する。

我々インドネシア青年男女は、インドネシア民族という一つの民族であることを確認する。第三
我々インドネシア青年男女は、インドネシア語いう統一言語を使用する。

この誓いは、オランダ領東インドに住む多様な民族をインドネシア人とひとつに定め、独立の意思を国内外に示した点でとても重要です。

これらの歴史的背景から、1945年にはインドネシア語を国語として制定されました。

日本軍による侵攻

その後、1942年に太平洋戦争の最中にインドネシアに侵攻してきた日本軍によってオランダの植民地支配は終わりを告げることとなります。

以降、オランダにとって代わり、日本による統治時代が始まります。

次回は、我々日本人にとってとても大事で押さえておきたい、日本軍による植民地時代についてお送りします。

→「知っておきたいインドネシアの歴史まとめ③〜日本の占領期〜

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